大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)15682号 判決 1999年2月09日

原告

株式会社北陸銀行

右代表者代表取締役

犬島伸一郎

右訴訟代理人弁護士

森岡政治

被告

株式会社ベルアリエ

右代表者代表取締役

川崎彬子

右訴訟代理人弁護士

小野紘一

右同

伊藤恒一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金一一一四万五四二〇円を支払え。

二  被告は、原告に対し、平成一一年二月二五日限り、金八五万七三四〇円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  原告の請求

主文同旨

二  請求原因

別紙請求の原因記載のとおりであり、請求原因事実は争いがない。

三  当事者の主張

1  抗弁

(一)  被告は、木村不動産に対し、本件賃貸借において、保証金として一六二三万円を、本件賃貸借終了後に二〇パーセントを控除した額について、精算のうえ残額退去時に返還するとの約定で、無利息で預託した。

(二)  木村不動産は、平成九年九月一六日、東京地方裁判所競売開始決定により、本件賃貸借の目的建物について差押を受け、さらに原告から本件賃貸借の賃料を差し押さえられたから、木村不動産は支払不能に至った。

(三)  被告は、破産法一〇三条一項後段ないしは会社更生法一六二条二項後段を類推適用して、被告は、本件賃貸借の保証金返還請求権一二九八万四〇〇〇円について、うち七八八万三九三一円については、本件賃貸借の賃料債務のうち、平成一〇年七月二五日支払期日分までの合計七八八万三九三一円と相殺し、うち五一〇万〇〇六九円については、本件口頭弁論期日において、本件賃貸借の賃料債務のうち、平成一〇年八月二五日支払期日分から平成一一年一月二五日支払期日分まで及び同年二月二五日支払期日分のうち八一万三三六九円の合計五一〇万〇〇六九円と対当額で相殺する旨の意思表示をなした。

2  抗弁に対する原告の認否、反論

(一)  木村不動産が支払不能に至ったことは否認する。

(二)  破産法ないしは会社更生法の各規定は破産手続ないし会社更生手続という厳格な手続のもとで初めて適用が認められるものであるから、これを安易に類推適用することは認められない。

破産法一〇三条一項後段においても、賃貸借が継続中に敷金返還請求権を自働債権として賃料との相殺は認められない。

被告が木村不動産に預託した一六二三万円は破産法一〇三条一項後段にいう敷金には当たらない。

四  当裁判所の判断

1  破産法一〇三条一項後段の類推適用について

(一) 破産法は、債務者がその債務を完済することができない場合に債務者の総財産をすべての債務者に公平に弁済することを目的とする裁判上の手続を規定するものであるから、その中の一規定を、右のような裁判上の手続に服さない、私的自治の原則により支配された通常の私法取引の場に適用することは、原則的に許されないというべきである。

(二) しかも、そもそも、敷金返還請求権は賃借目的物の明渡を停止条件として発生する債権であり、現に本件賃貸借契約においても、敷金の返還は早くとも明渡後である旨及び本件賃貸借契約継続中は賃料等と相殺することはできない旨が規定されているのであり(甲二、一〇条)、停止条件付債権については、停止条件の成就前にこれを自働債権とする相殺は一般的に認められず破産法上も同様というべきであるから(同法一〇〇条、二七八条等)、破産法一〇三条一項後段は、停止条件付債権である敷金返還請求権について、停止条件の成就前である賃借目的物の明渡前にこれを自働債権として、賃料債権を受働債権とする相殺を認めたものと解することはできない。すなわち、同条一項後段は、受働債権である賃料債権の範囲を拡大したにとどまり、停止条件付債権である敷金返還請求権について、停止条件成就前にこれを自働債権とする相殺を認めたものと解することはできず、賃借人としては、破産法一〇〇条に基づき自働債権である敷金返還請求権の限度において弁済額の寄託を請求し、最終配当の除斥期間満了までに条件が成就すれば、相殺の意思表示をしたうえで、寄託金の交付を受けることになるというべきであり(同法二七五条、二七八条等)、かように解することにより、賃借人の有する敷金返還請求権と賃料債務との相殺の期待権と、賃借人である破産財団の有する原状回復費用請求権や未払賃料債権等賃貸借契約から生じる債権に対する敷金の担保権能との利益調整が可能となり、結果的にも妥当な解決がはかれるというべきである。

(三) 以上のとおり、破産法一〇三条一項後段は同法一〇〇条等と一体として機能する規定というべきであり、同法一〇三条一項後段のみを類推適用して賃借目的物の明渡前に敷金返還請求権を自働債権とする賃料債務との相殺を認めることはできないというべきである。

2  以上説示した点は会社更生法一六二条二項後段についても同様にいうことができる。

3  以上のとおりであるから、被告の抗弁は失当というべきであり、原告の請求は理由があるから認容することとして主文のとおり判決する。

(裁判官田中寿生)

別紙請求の原因

一 (賃貸借契約の内容)

1 別紙差押命令に所有者と表示の木村不動産株式会社(以下「木村不動産」という。)は、同差押命令に第三債務者と表示の株式会社ベルアリエ(本件被告)に対し、平成八年七月一〇日、同差押命令記載の建物を次の約定で賃貸し、これを引き渡した(本件賃貸借という。)。

期間 平成八年八月一日から平成九年三月三一日まで。ただし、本契約期間が満了する前三か月前までに当事者のいずれかから別段の意思表示がない場合には、同一条件でさらに二年間契約を更新する。

賃料 一か月につき金八五万七三四〇円(消費税別)を、毎月二五日限り翌月分を支払う。

2 本件賃貸借契約は、平成九年三月三一日までの間に当事者のいずれからも別段の意思表示がなかったため、平成九年四月一日から同一一年三月三一日までの二年間、従前と同一の条件で更新された。

二 (原告の取立権および将来の給付請求の必要性)

1 原告は、木村不動産の被告に対する右債権のうち、別紙差押債権目録記載の部分について、平成一〇年一月一二日、差押命令(東京地方裁判所平成一〇年(ナ)第四二号)を得たところ、右命令正本は、同月一三日に第三債務者である被告に、同月一九日に債務者である木村不動産に、それぞれ送達された。

従って、原告は、債務者に対する右送達後一週間の経過した日である同月二六日の経過により被差押債権につき取立権を取得した。

2 被告は、すでに履行期が到来している賃料につき、木村不動産に差入れている保証金との相殺を理由に一切の支払いを拒んでおり、今後履行期が到来する賃料についても同一理由に基づき支払いがなされない可能性が強い。そこで、履行期が到来しない賃料についても、あらかじめ請求する必要がある。

三 (被差押債権)

右差押命令による被差押債権の範囲と金額は左記のとおりである。(これは、差押債権目録の記載に従い、具体的な期間別の金額を算出したものである。)

金三四〇〇万円

(内訳)

1 平成一〇年一月から同六月までに支払うべき賃料(既発生の六か月分) 金五一四万四〇四〇円

2 平成一〇年七月から平成一一年二月までに支払うべき賃料(将来発生する八か月分)

金六八五万八七二〇円

(1および2の合計額)

(金一二〇〇万二七六〇円)

3 平成一一年三月から平成一三年四月までに支払うべき賃料(将来発生する賃料二六か月分(ただし、最後の平成一三年五月分は、月額賃料のうち五六万三七四〇円のみ)の合計額

金二一九九万七二四〇円

四 原告が未だ支払いを受けていない執行債権の合計額は、金三四〇〇万円である。

五 よって、原告は、取立権に基づいて被告に対し、右三の被差押債権に対する弁済の一部として、右四の金額の範囲内の家賃である金一二〇〇万二七六〇円の支払いを求める。

別紙差押債権目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例